八坂公民館だより12月号を掲載します。12月~翌年1月にかけて、様々な行事等を開催しますので、皆様お誘い合わせの上、ぜひご参加ください。
また、本年は八坂地区の皆様に大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。来年もどうぞよろしくお願いいたします。


八坂公民館だより12月号を掲載します。12月~翌年1月にかけて、様々な行事等を開催しますので、皆様お誘い合わせの上、ぜひご参加ください。
また、本年は八坂地区の皆様に大変お世話になりました。心より感謝申し上げます。来年もどうぞよろしくお願いいたします。


健康マージャンとは「賭けない・飲まない・吸わない」の「3ない」をモットーに、「健康づくり・仲間づくり・生きがいづくり」を目的としたマージャンのことです。脳の様々な部位が活性化し、脳トレ効果が期待できるとも言われています。
初めて牌に触る方を対象とした講座ですが、経験がある方・最初の基礎から学び直したい方も大歓迎です!
協力:明治安田生命保険相互会社

第4回講座では、私たちが住む町の名前から歴史を辿り、「なぜ日本?なぜ愛媛?なぜ松山?」等々、知っているようで意外と知らない地名等の由来について、歴史的な資料を参考にしながら解説します。
また、地名には、災害等の様々なリスクの回避につながるヒントが隠されています。地名に込められた先人からのメッセージに耳を傾け、土地の成り立ちや潜在的なリスクに関する理解を深めましょう。
講師:松山兎月庵文化歴史館 館長 小椋 浩介 さん

令和7年7月7日使用分より、貸館料金の変更があります。詳細については、下記の表をご確認ください。

| 所在地 | 〒790-0003 松山市三番町一丁目3-2 |
|---|---|
| 電話番号 | 089-921-2231 |
| 0311@city.matsuyama.ehime.jp | |
| 設置年月日 | 1950年5月3日 |
| 施設概要 |
鉄筋コンクリート造3階建て 467.06㎡ |
| 駐車場 |
一般2台 |
| 図書蔵書数 | 約4,791冊(H30.1末現在) |
| 地域の特色 |
この地区がいつから「八坂」と呼ばれたのでしょう。元禄年間の「松山町艦」にはまだ八坂の名は見当たりません。色々な資料によりますと、八坂の名の由来は京都の祇園神杜にまで遡ることができます。明治4年に祇園神杜は八坂神杜と改称されましたが、そのとき古くからあった祇園分杜も「八坂神杜」と改められたようです。そして周辺の町名も八坂町と呼ぱれるようになったと思われます。明治27年12月5目に南八坂町に松山第3尋常小学校が開校し、持田や素鵞の方からも子供達が通っていました。この頃から通学区域を八坂校区と呼ぶようになりました。明治25年3月15日夜の大火事で八坂町辺りの家が50戸余りも焼けてしまいました。その焼け跡に松山第三尋常小学校が建てられたので「焼跡第三尋常小学校」とも呼んでいたそうです。その頃の小学校は木造の校舎で、窓は全部障子張りでした。現在の八坂校区には30の町があります。行政上の住所表示と異なり、昔からの町名の多くが脈々と生きているのが、わが町「ふるさと八坂」です。町の人々の交わり、たとえば地方祭などの諸行事や生活上の色々な点で、今も昔からのそれぞれの街の強い絆を守りつづけています。 |